【2026独占取材】3代続く「飛込名門」の系譜。金戸英樹が明かす世界を凌駕する技術と、愛知・名古屋アジア大会への覚悟
金 戸 英樹の名を聞いて、日本水泳界の黄金期と空中を切り割く一瞬の静寂を思い浮かべるファンは少なくない。1988年ソウル、1992年バルセロナと二度のオリンピックに出場し、日本の飛び込み界を世界レベルへと押し上げたレジェンドだ。祖父の俊介から始まり、自身、そして子どもたちへと受け継がれる三代のオリンピアン家系。「飛込王国」の精神的支柱として、彼は今もプールサイドで鋭い視線を注いでいる。
水面へと向かって時速60キロ以上で急降下する過酷な世界において、現役時代から異彩を放っていた金 戸 英樹の存在感は、指導者となった現在さらに凄みを増している。単なる精神論ではなく、空中での身体操作を科学的に解き明かすその指導法は、次世代の若手選手たちから絶対的な信頼を集める。2026年秋に控える愛知・名古屋アジア大会、そしてその先の国際舞台へ向け、彼の言葉には熱が帯びていた。
10メートルからの急降下。オリンピアンが体現した「一瞬の美」

高飛び込みの台に立つ。高さはビル3階分に相当する10メートル。眼下に広がるプールは、上空から見れば小さな青い四角に過ぎない。飛び立ってから着水までの時間は、わずか1.5秒ほどだ。
この極限の数秒間に、回転、ひねり、そしてノースプラッシュ(水しぶきを上げない着水)の美しさを詰め込む。現役時代の彼は、まさにその「空中の精密機械」だった。強靭な体幹と、土壇場でブレないメンタル。ソウル、バルセロナの舞台で世界に刻みつけた演技は、今なお語り継がれている。
「飛び込みは恐怖との戦いではない。自分の身体をいかに空間へ溶け込ませるかの作業だ」。そう本人が語る通り、その境地に達するまでに叩き込んだ膨大な練習量こそが、彼の揺るぎない土台となっている。
三代にわたる「飛込家系」の重圧と、受け継がれた勝負師の血脈

日本のスポーツ界において、「金戸」の名は特別な響きを持つ。1960年ローマ大会で日本飛込界の礎を築いた金戸俊介。その血を受け継ぎ、世界へ挑んだ英樹。そして妻の幸(旧姓・元渕)もまた、ソウル、バルセロナ、アトランタと3大会に出場したトップアスリートだ。さらに子どもたちまでが水泳界で頭角を現し、まさに「日本屈指の飛込一家」を形成している。
周囲からの過度な期待やプレッシャーは、常人の想像を絶する。しかし、彼はそれを「重荷」とは捉えていない。むしろ「当たり前にトップを目指す日常」があったからこそ、家族それぞれが己の限界に挑み続けることができたという。
血統という言葉だけで片付けるのは容易だ。だが、その裏には血の滲むような日々の鍛錬と、水泳という競技に対する深い敬意が脈々と流れている。
空中での視界はどう見えるのか?過酷な感覚世界を解き明かす

「くるくると高速回転している最中、世界はどう見えているのか?」誰もが抱く素朴な疑問に、彼は明確な答えを持っている。空中で目が回ることはない。目の前の景色の「流れ」を身体全体で捉え、瞬時に自分の位置関係を把握する独自の感覚が存在するのだ。
「回っている最中に、一瞬だけ天井や水面が静止して見える感覚がある。その『点』を捉えて次の動作へ入る」
常人には到底理解できない領域だが、トップダイバーの世界ではこのコンマ数秒の視覚的判断が勝敗を分ける。自身が培ってきたこの特殊な身体感覚を言語化し、ニュアンスも含めて若手に伝達する能力。感性だけに頼らないコーチングの真骨頂がここにある。
2026年、日本飛込陣の現在地。中国勢の「壁」を打ち破る緻密なアプローチ
2026年現在、世界の飛び込み界は依然として「絶対王者」中国の高い壁が立ち塞がっている。圧倒的な練習量と層の厚さを誇る中国勢に対し、日本がどのように挑むべきか。これが最大の課題だ。
自国開催となる2026年愛知・名古屋アジア大会を控え、日本代表チームの強化は佳境を迎えている。彼は中国の強さを認めつつも、「つけ入る隙は必ずある」と断言する。採点競技である以上、美しさの精度と難易度(DD)の組み合わせ次第で、世界を驚かせることは十分に可能だからだ。
「中国の背中を追うのではなく、自分たちの完成度を突き詰める。1.5秒の精度を100%に近づけた者が最後に勝つ」。その鋭い眼光は、アジアの頂点、そして世界を見据えている。
名指導者としての手腕。精神論を脱却した現代的アプローチとデータ分析
かつてのスポーツ界にありがちだった「気合いと根性」の時代は終わった。現在の指導において重視されているのは、ハイスピードカメラを用いたフォーム解析や、着水時の肉体負荷を軽減させるバイオメカニクス的アプローチだ。
飛び込みは、水面突入時に体へ強い衝撃がかかる。首や腰へのダメージを抑えつつ、練習の質を落とさない工夫が不可欠となる。彼は最新のスポーツ科学を取り入れ、選手のコンディション管理を徹底。無駄な怪我を防ぎながら、最高パフォーマンスを引き出す環境づくりに邁進している。
また、メンタルケアにも細心の注意を払う。競技の特性上、一度のトラウマが演技の恐怖心につながることも珍しくない。選手の些細な表情の変化を見逃さず、対話を通じて不安を取り除く姿勢は、まさに現代的な名将の姿そのものである。
「水しぶきを消す」その先へ。未来のメダリストたちへ託す熱き想い
ノースプラッシュ――「音もなく水中に吸い込まれる」ような着水は、ダイバーにとっての究極の到達点だ。プールサイドに響く「シュッ」という小さな水切り音。観客席からの静寂の後の大歓声。その快感を一度味わえば、もう飛び込みの魅力から逃れることはできない。
自身の現役生活を経て、今は教え子たちがその感動を世界に届ける姿を見守る立場となった。「自分の競技人生は完結したが、日本の飛び込みの歴史はまだまだ続いていく。若い世代が自分の記録や実績をあっさりと塗り替えてくれることこそが、指導者としての最大の喜び」と笑う。
2026年のプールサイドで、かつてのオリンピアンは今日もしなやかに指揮を執る。受け継がれた情熱のバトンは、確かに次なる世代へと渡され、さらなる高みへと羽ばたこうとしている。 (出典: 金 戸 英樹(Yahoo!ニュース))